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――どうしてこうなってしまったのだろう? 一体、私の何がいけなかったのだろう? 私はただ、普通に人並みの恋愛がしたかっただけなのに……。
ここは東京・
男の方は
そして女の方は
そんな二人がどうして私と
「……ねえ翔太。こうやって呼ばれた理由、あんた分かるよね?」
「オレが……お前と怜ちゃんと二股かけてたからだろ?」
そう答えた彼の口調や態度に、反省している様子も悪びれる様子も見当たらない。私は余計に腹が立ってきた。
「なぁんだ、ちゃんと分かってるじゃない。あんたさぁ、私に対して少しでも申し訳ないとかそういう気持ちはないわけ?」
「なんで翔ちゃんが責められないといけないの? こうなったのは藍さんにも責任あるんじゃ――」
「あんたは黙らっしゃい! 今はあんたじゃなくてこの男に訊いてんの」
私は口を挟もうとした怜という小娘を、テーブルを叩くことで怒りをもってシャットアウトした。
「……で、どうなのよ? 翔太、あんたもちろん、このままでいいとは思ってないよね?」
「オレも……、こうなった原因は藍、お前にもあると思ってる。お前が可愛げのない女だから、オレは怜ちゃんに惹かれたんだよ」
「…………はぁっ!?」
「お前は総合職だし、俺より仕事できるし給料もいいじゃん。お前みたいな女と付き合ってるせいでな、オレのプライドズタズタなんだよ! だからオレは怜ちゃんとも付き合うことで癒されてんの。それのどこが悪いんだよ?」
「いいわけあるかぁ! あんた、いい加減にしなさいよ!? それならなんで私とも付き合い続けてんのよ? さっさと別れてその女とだけ付き合えばよかったじゃん! あんたに誠意ってもんはないの!? 言ってみなさいよ!」
私の怒りはそろそろ
「だってさぁ、藍とは社内で『お似合いのカップルだ』って言われてるから、別れたら周りからヘンに思われるだろ? でも怜ちゃんのことも好きだし、だから二股かけるしかなかったんだよ」
「…………ふざけんなぁ!」
勝手なことばかりペラペラ言うこの男に、私はとうとう
……ただ、この時の私は頭に血が昇っていたので気がつかなかった。後ろの席に座っていた、一人の男性の存在に。
そして立ち上がり、テーブル越しに翔太を思いっきり跡が残るくらいの勢いで平手打ちにした。
「もう頭にきた! あんたがここでちょっとでも誠意のかけらでも見せてくれたら考え直してもいいかなと思ったけど、そういう態度で来るんだもんねぇ。あんたとはこれで終わり、別れてあげるからその女とせいぜい仲よくやりなよ。さよなら!」
私はバッグから財布を取り出し、自分の飲み代の千五百円をドン! とテーブルに叩きつけた。
「じゃあね、翔太。バイバイ!」
店を飛び出したところで、私の頭に昇っていた血がすぅっと引いていき、冷静になった。スッキリしたというより、
「……うん、これでいいのよ藍。さあ、帰ろ」
「――あの……」
気持ちを切り替えて帰ろうとしたところ、後ろから男性の声が聞こえてきた。多分三十歳前後の、落ち着いた品のある声だ。
「…………はい? 私……ですか?」
振り返った私は血の気が引いた。そこに立っているのは三十歳くらいの背の高い男性だったけれど、その人が着ている高級そうな三つ揃えのスーツが水でもかぶったように少し濡れていたからだ。
「僕はさっき、あの店にたまたまいたんですけどね。先ほどの騒ぎも見ていました。それで……、巻き添えを食ってしまってこんな状態に……」
「あ……っ、あのっ! 本当に、申し訳ありませんでした! まさか後ろに人がいるなんて思わなかったので……。頭に血が昇っていて気づきませんでした!」
原因はともかく、彼に水をひっかけてしまったのは私だ。謝って許してもらえるなんて思っていないけれど、私はとにかく精一杯のお詫びの気持ちを伝えた。
――未練なんて残さないつもりだったのに、どうしてこんなに虚しいのだろう。そもそも、この虚しさの原因は本当に翔太への未練なのだろうか? ただ、私のこれまでの努力や積み上げてきたキャリアを、アイツに「可愛げのない女」の一言で全否定されたからかもしれないけれど……。「……あの、藍さん。僕から一言いいかな?」「はい? ……ええ、どうぞ」「藍さんは『可愛げのない女性』なんかじゃないと思う。僕の見た限りではすごく美人だし、スタイルもいいし。でもそれだけじゃなくて、内面からの美しさが表に現れているというか。自分のキャリアを誇りに思っているからだと思うけど、すごくキラキラして見えるよ。僕はそういう女性こそ魅力的だと思う。ハッキリ言って、あの元カレの目は節穴だ。あんな、若いだけで頭の悪そうな女性に惹かれるなんて。……おっと、これは失言かな。うっかり心の声が出てしまった」「…………はぁ」 私のことはベタ褒めするくせに、翔太と怜のことはボロカスに毒舌を吐きまくる芹澤さんを、私は不思議な感情を抱きながら見ていた。……ヤバい。私、本当に彼のことを好きになってしまうかもしれない。「――それはともかく、あの二人とは同じ会社なんだよね? 週明けから居心地悪くなるんじゃないか?」 今日が週末の金曜日でよかった。とりあえず明日と明後日はあの二人と顔を合わせずに済むからだ。とはいえ、週明けからは翔太はともかく、受付嬢である怜とはイヤでも顔を合わせることになる。その時にあの女が私にマウントを取ってくることも目に見えていて、何だかムカつく。「そうですね……。元カレはともかく、受付嬢とは顔を合わせないわけにもいきませんから。あの女の勝ち誇ったような顔を見ただけではらわたが煮えくり返りそうです」「だったら、思い切って転職するのもひとつの手だと思う。そこで、だ。藍さん、ウチの会社に来ないか?」「……えっ? 転職……ですか?」 思いがけない話しの展開に、私は目をしばたたかせた。この人――芹澤さんは、自分に(巻き添えとはいえ)水をぶっかけた張本人である私にそこまで親切にしてくれるのだろう?「うん。ちょうど、僕の第二秘書が実家の都合で退職してしまってね、欠員が出たんで募集をかけているところなんだ。藍さんもそれに応募するといいよ。ちなみに月収は七十
「――あの、とりあえずスーツが濡れてるので拭かないと……。クリーニングに出されるなら、費用は私が」 私はあわあわとバッグからハンカチを取り出し、彼のお高そうなスーツの水をかぶってしまったところをせっせと拭き始める。ひっかけてしまったのは水だけだったのでシミにはならないだろうけれど、これがグラスに入っていた水割りだったらどうなっていたのだろう? ――ちなみに、水割りはキレイに飲み干していたのだけれど。 万が一クリーニングに出さなければならないとなったら、一体いくらかかるんだろう……?「ああ、いいですよ。これくらいならすぐに乾くでしょうし、クリーニングに出す必要はありませんから」「そうですか? よかった……」 彼は相当温厚な性格の人なのだろうか? それともこれくらいのスーツを何着も持っているような富裕層だから、濡れたくらいは気にならないのか。私や翔太みたいな一般ピープルだったら、こういう時絶対に怒って「弁償しろ」、もしくは「クリーニング代払え」と言うところだろうに。「そんなことよりも、あなたは大丈夫なんですか?」「え……? 私ですか」「ええ。僕、さっき光景を一部始終見ていたんですが。なかなかの修羅場だったようなので、あなたのメンタルの方は大丈夫かなと思って。彼とは職場恋愛だったんですよね?」「…………はい。彼だけじゃなくて、あの女の子の方も同じ会社です。彼とは部署は違いますけど同期入社で、彼女の方は会社の受付嬢です」 同じ会社の中で、彼氏が私と別の女と二股をかけていた。何とも情けない話だ。もう三年も付き合っていたのに、なかなか気づくことができなかったなんて。「今夜このまま帰っても、あなたの中にモヤモヤが残るだけでしょう? こうなったのも何かの縁ですから、よかったら僕に話を聞かせてもらえませんか? そうだな……、今夜は天気もいいし涼しいし、そこのベンチにでも座って」 今は六月の初旬。昼間は蒸し暑いけれど、夜はまだ涼しい。外で座って話すのにもいい気候だと思う。 それに何より、私はこの男性の優しさや気遣いが嬉しかった。私に迷惑をかけられて怒ってもいいところなのに、怒るどころか話を聞かせてほしいだなんて。(……どうしよう? 私、この人のこと好きになってしまいそう) 失恋したばかりだからだろうか。こんな
――どうしてこうなってしまったのだろう? 一体、私の何がいけなかったのだろう? 私はただ、普通に人並みの恋愛がしたかっただけなのに……。 ここは東京・有楽町にある一軒のバー。会社帰りの私――緒方藍は、テーブル席で一組の男女と向き合っていた。 男の方は入間翔太。私と同じ二十七歳で、私とは別の部署だけれど同じ会社に勤めている、私の彼氏だった。 そして女の方は広岡怜。私たちより三つ年下の二十四歳で、ウチの会社の受付嬢だ。何でも役員の娘らしく、コネで入社したのだとか。 そんな二人がどうして私と対峙しているのか、その理由はただ一つ。翔太がよりにもよって、この怜という女と私と二股をかけていたことが分かったからだ。怒り狂った私は会社帰りにこの二人を呼びつけ、決着をつけることにしたのだ。「……ねえ翔太。こうやって呼ばれた理由、あんた分かるよね?」「オレが……お前と怜ちゃんと二股かけてたからだろ?」 そう答えた彼の口調や態度に、反省している様子も悪びれる様子も見当たらない。私は余計に腹が立ってきた。「なぁんだ、ちゃんと分かってるじゃない。あんたさぁ、私に対して少しでも申し訳ないとかそういう気持ちはないわけ?」「なんで翔ちゃんが責められないといけないの? こうなったのは藍さんにも責任あるんじゃ――」「あんたは黙らっしゃい! 今はあんたじゃなくてこの男に訊いてんの」 私は口を挟もうとした怜という小娘を、テーブルを叩くことで怒りをもってシャットアウトした。「……で、どうなのよ? 翔太、あんたもちろん、このままでいいとは思ってないよね?」「オレも……、こうなった原因は藍、お前にもあると思ってる。お前が可愛げのない女だから、オレは怜ちゃんに惹かれたんだよ」「…………はぁっ!?」「お前は総合職だし、俺より仕事できるし給料もいいじゃん。お前みたいな女と付き合ってるせいでな、オレのプライドズタズタなんだよ! だからオレは怜ちゃんとも付き合うことで癒されてんの。それのどこが悪いんだよ?」「いいわけあるかぁ! あんた、いい加減にしなさいよ!? それならなんで私とも付き合い続けてんのよ? さっさと別れてその女とだけ付き合えばよかったじゃん